月見に引き続き、これも尻切れトンボで終わるのかぁぁぁッ?(愕然)
------------------------------------------------------------------------
「所長、お時間です」
変人で時間に無頓着、突然のスケジュール変更どころか半日単位の失踪すら日常茶飯事、ジャッジ隊まで借り出した大捜索の後、連れ戻されたら戻ったで大むくれで反省の色など微塵も見せないドラクロア最大の問題児にして、アルケイディア帝国最高位の機工学者シドルファス・ブナンザは、美人秘書の穏やかな催促にキョトンと目をしばたたかせると、あっけらかんと言い放つ。
「なにが?」
商社でバリバリ働く秘書がこの一言を耳にしたなら、心の中で “こんのぉボケ老人がぁぁぁっ!” と罵ったあげく、拳をにぎりしめ眉間に縦ジワをよせて
「先月、所長自ら指示された予定です」 とか
「週頭にご報告いたしました」 とか
「昨日からつい1時間ほど前までの間に3回、確認しておりますが?(語尾上がり)」 とか
口に出すかも知れないが、それでは“学者”をコントロールすることはできない。
脳細胞のほとんどの領域を現世の外へ置き去りにしている彼らは、単純に “そんなこたー覚えてない” だけで、だからこそ、自分のような世話係を必要としているのだ。
それゆえに、ここは
「20時からソリドール家ご子息と晩餐の約束が入っております。迎えのタクシーが着きましたのでお支度を」
とだけ言えばいい。そうすれば
「ん、そうだったか?」
ドラクロア内で1、2を争う駄々っ子は、拍子抜けするほどあっさり席を立つ。
研究服のまま出て行こうとしたり、“変人”“奇人”と呼ばれるようになった原因である、場所をわきまえない独り言は毎度のこと。
黒銀に磨き上げられたボディにソリドールの紋の入った専属タクシーに押し込め、にこやかに一礼で送り出せば今日のお世話は終了になる。
自分はドラクロア付きの秘書なのだから、後はソリドールの家政にお任せだ。
軽い足取りで67階のデスクへもどった彼女は、テキパキと残った仕事を片付けはじめた。
* * *
現皇帝グラミス・ソリドールの息子。
病に身をむしばまれる父王に代わって、23歳の若さで広大な西方戦線を支える有能な軍人でありながら、外交、統治などの政治手腕にもすぐれ、次期皇帝候補として最有力視されている“戦争の天才”ヴェイン・ソリドール。
その地位と名声があれば、いかほどの贅沢も思いのままなのに、彼は己のための散財を許さず、政(まつりごと)の一環としてひらかれる晩餐会や迎賓の宴などの場では、息子の1人として父王の脇でつつましやかにひかえ、客をもてなす側の礼儀から外れることはない。
だから、彼が己の客人のため--それもただ1人のために--宴をひらくのは、じつに稀なできごとであった。
「シド、よく来てくれた」
執事に部屋へ案内されたシドルファスへ歩み寄った若者は、彫りの深い端正な顔を笑みで輝かせて老齢の友の腕をとる。シドルファスもまた、己が息子へ向けるかのような温かな笑顔で返した。
「時間をとらせてしまってすまんな」
「とんでもない。申し出がなければ、こちらから誘おうと思っていた」
「ヴェイン様、ブナンザ様からこちらの品をいただきました」
執事と脇に控える使用人が手にしている、シルクのリボンで彩られたワインケースと菓子包みに目を向けたヴェインは、柔らかく目を細める。
「気を使わずともよいのに」
「ああ、あれは先月、あんたが寄こした品の返礼じゃよ」
と言いつつも、ついさっきまですっかり忘れ果てていたシドは、1ヶ月前のできごとを懸命に思い返そうとしていたが、懸命に考え込むあまり、笑顔を保つことさえ忘れてしまっている。
常に表情をとりつくろい、思惑や本心を悟られまいと見えない仮面をかぶる人々と接しているヴェインにとって、シドルファスのこのような無防備さは驚きであり、また己への信頼の現われなのかと好ましく感じとれた。
研究内容以外の事柄は、思考の外に置き去りにしがちな機工師のために、記憶の手がかりを与えるべきだろうかと口を開きかけたヴェインの前で、ふと、シドは己の左肩上の中空を見やって表情を明るくした。
「おお、そうそう、ゼーテネアのすずなりチェリーだ。あれは生もいいが、糖蜜漬けが絶品なのだよ。量が少なくて国外には出回らん品だけに嬉しくてな」
空中へ向かって機嫌よく話しかけるシドの視線の先に、薄くぼんやりと人影のような揺らめきが浮かんで見える。人ならざる存在。シドルファスの盟友――ヴェーネス――。
シドルファスがヴェインを協力者に選び、ヴェーネスが信用してくれた今でこそ、機工師のかたわらの宙に、かすかな人影を目にすることができるが、認められていない人々にはその霞すら捉えることができない。
ソリドール家にながく仕えている家政たちは、見えているものを見ていないように振舞う作法を身につけている。だから今も目の前で空中へうれしそうに言葉を投げかける学者が居ても、眉の一筋すら動かさず穏やかに控えている。
いつかシドの仲介を得ずとも、ヴェイン自身もヴェーネスと語り合う日が来たなら、さすがに彼らもうろたえるだろうか? それとも礼儀正しく目を伏せるだけだろうか?
……後者だろう。だからこそ、この家に務めることができるのだから。
「あの希少品にくらべると幾段も落ちるが、わしの気に入りの菓子を用意した」
ヴェインへ向き直ったシドはニコニコと蕩けるような笑みを浮かべている。
大の甘党であるシドの好みとなると、正直、ヴェインには荷が重い品と察せられる。ラーサーに手伝ってもらうのは当然として、父上にも差し入れたほうがよさそうだ。父王が手をつける、つけないにしろ、彼の眼前に置かれるまでに毒見だの裾分けだので、かなりが消費されるはずだ。
もう一方のワインは食後に合うなら開けてしまおう。そちらもシドの好みであることは間違いないのだから、今宵の駆け引きの助けになってくれるはず……などと思いをめぐらせていたヴェインは、客人らしからぬシドの行動に気づくのが遅れてしまった。
「……すこしやつれたか?」
差し伸べられた手が、労わりのこもった優しい動きで、ヴェインの頬から顎の線をたどる。
「菓子ではなく血肉になる品を選ぶべきだっだな」
研究所に詰めている時は分厚い皮手袋をはめているが、今は礼装に相応しい薄い絹の手袋をつけている。だから、厚みのある手の平と指の腹が、このうえもない優しさで肌をなでさするぬくもりが感じ取れた。
これが父の優しさなのだろうか?
ヴェインはグラミス皇帝を “父親” として捉えたことがない。
グラミス皇帝はアルケイディアの王であり、家庭人である前に、まず軍人であり施政者だった。今でこそ病に圧されて皇帝宮に座しているが、ヴェインが幼い頃の父王はバレンティア大陸統一のため最前線で指揮を取り、時に騎兵とともに戦乱の野に立ち、自ら武器を振るって敵将を討ち取った猛者なのだ。
父が皇帝宮へ戻るのは政のためであり、病身の后や幼い息子に向ける時間は持っていなかったが、ヴェインはそれを当然と受け入れた。
王に認められるには、優秀な武人になり、戦果をあげること。
事実、二人の兄はそうやって父の信頼を勝ち得たのだ。……謀反を起こした咎で、実弟ヴェインによって討たれるまでは。
二人の兄が居なくなったことで、ヴェインは彼らが占めていた場所を手に入れた。
父王にもっとも近い存在になれたはずだった。
だが、父が兄たちに向けていた信頼――息子へ向ける誇らしさ――は兄たちの裏切りによって失われ、王が優秀な指揮官に与えてしかるべき信頼は、血縁ゆえに遠ざけられた。
今のヴェインにとって、父王は“父”と“皇帝”の肩書きを持つ上司でしかない。
彼を愛していないわけではない。
ただ、誰をも信頼しなくなった王に、何かを求めるのは酷であると悟ったのだ。
もしも今、父親の優しさを見せてくれるのならば、己ではなくラーサーに……母の思い出も、上の兄たちの姿も知らない幼い弟へ向けてほしい。
ヴェインはただ、グラミス皇帝には今のままでいて欲しいと願っている。変わることなくアルケイディアの皇帝の座につき、己は父王の振るう剣の一振りであればいい。それがソリドール家の父子としてふさわしい姿なのだ。
そう理解している。
それなのに、シドが……親子ほど歳の離れた友人が隣に立ち、悪意の無い気安さで笑顔を見せ、時に手を差し伸べて触れてくると心が揺さぶられてしまう。
こんな “親” もあったのか…と。
ヴェインは頬に添う友の手に己の手を重ね、やさしく引き離す。
「なに、西方の暑さに少しやられたが、たいした事はない。今宵の食事で十二分に取り戻せる」
「ならばよいが」
まだ心配げな友の気持ちをそらそうと、重ねた手はそのままに、先に立ってダイニングルームへ歩み入る。
賓客を迎える広間のきらびやかさを期待した客人ならば、通された部屋の質素さに失望しただろう。重厚な石組みと貴石のタイル、モルタルとフレスコで彩られた壁面や天井は歴史の重みは感じさせるが、目にあでやかとは言いがたく、純白のクロスの上に並べられた食器や燭台のたぐいも、古式ゆかしい品々で磨きこまれたがゆえの磨耗が激しい。
歴史有る貴族が日々を過ごすダイニングルーム。皇帝の家族にとって舞台裏と言ってもよい場所へ招きいれられる栄光を、老齢に近づく学者は判っているのか判っていないのか、自宅にいるような気軽さで歩み入り、先に待っていた人物へ明るい声をあげた。
「おお、ラーサー殿。久方ぶりですな」
「ドクター、お待ちしていました」
ヴェイン・ソリドールとは15も歳の離れた実弟は、藍色の瞳を輝かせて一礼すると、客人を席まで案内し、椅子を引いてもてなす。席に着いた学者は笑みに目を細めて幼い王子を誉めそやした。
「少し見ぬうちに、一段と品格を身につけられましたな。さすがはソリドールのお子だ」
「ありがとうございます」
優雅に頭を下げたラーサーだったが、つい顔を上げたそのまま視線を兄へ向け “これでよろしかったでしょうか?” と無言の問いを投げかけてしまう。その歳相応の愛らしさにシドルファスは「わはははは」と声をあげて笑い、黒髪に包まれた小さな頭を手の平におさめて撫でまわした。
「上出来、上出来。あとは、もうほんの少し図太くなられることだ。ワシほどになると行き過ぎだそうだがな」
自分の言葉に、さらに笑い声をあげたシドルファスは、幼い王子の背をおして彼の席へと向かわせる。
上座にヴェインが、二の席にシド、三の席にラーサーがつくと、音もなく歩み出てきた使用人によって、彩りあでやかな料理が並べられ、薄い玻璃のグラスに艶やかなワインが注がれる。
優美な文様が踊る皿に盛りつけられた品には、食材となった動物の羽の一枚や、食性に関係する植物などが添えられている。一種の判じ物になっているそれらに向けられたシドの目が薄く細められ、口元が小さく「ほぅ」と動く。友人の表情をながめていたヴェインは満足そうに微笑む。
「旬のものをと思い、ゲルミネスの赤鹿と山鳥、フィネセ河の蟹を用意した」
「どちらも険しい山地で猟師の数も多くない地だ。それだけに野趣にあふれ、自然の息吹きそのものが舌に感じられる美味の宝庫でもある。あんたは勉強家だな、そして気遣いを忘れぬよい男だ。感謝とともにいただくとしよう」
グラスをかかげ、互いの健康を祈った3人は談笑をおりまぜつつ、西方の美味を楽しむ。
もっぱら聞き役であるラーサーは、兄が普段ならば客人の前で見せることのない戸惑いや、はにかみと言った普段の表情を見せていることに気づき、少しの驚きと不安を抱いたが、それでも二人きりの時の“本当の兄上”の表情からは遠いと安堵した。
------------------------------------------------------------------------
パパシド傍若無人。皇帝の息子の頭をホールドして、なでくりまわしております。
ここで終わると肝心な話が書けない……月見とまんま同じ顛末に orz
頑張るぞ~、頑張って書くぞ~~、ラーサー様の出番はほとんどないけど(泣
ラーサー様も書きたいんだけど、なんだか上手く展開できないんだよなぁ…未熟だ;
…あ、全然関係ないんだけど、ウチのパパシド、『動物のお医者さん』の漆原教授に近しいのですよ。
つか、似てません? 似てるよね? ねッ? (←現時点で賛同者は見つかっていない)